2008年 06月 07日
日本ダービー 回顧 |
皐月賞馬が不在、また皐月賞のレースレベル自体が疑問視され、今年のダービーは別路線組に注目が集まっていた。
1番人気の支持を集めたのが前走のNHKマイルCを完勝したディープスカイ。
それでも、単勝3.6倍というオッズが示すとおり、絶対的な本命というわけではなかった。距離適性に対する疑問と中2週のローテーションへの不安がそれほど強く推せない要因となっていた。
2番人気には、マイネルチャールズが単勝6.1倍とやや離れて続いた。
1番人気に支持された皐月賞では、4着に敗れたが、脚を余した感があり、皐月賞組ではナンバーワンの実力という見方だった。
そして、3番人気には混戦ダービーを象徴するように芝初挑戦となるサクセスブロッケン。ダートでの圧倒的な強さと血統的に芝でも問題ないという期待だった。
4番人気も、皐月賞組ではないアドマイヤコマンド。前走で青葉賞を制した勢いと上昇度が買われた。
このレースのポイントのひとつに馬場状態があった。
前日の降雨の影響により重馬場で始まったこの日の東京開催。
幸い、この日は快晴となり、メインレースまでにどの程度馬場状態が回復するかという点も注目を集めた。
競馬の祭典ダービーは良馬場で走らせたいというファンの願いが通じたのか、馬場は予想以上に急速に回復し、ダービー前の9レースでは良馬場となった。
馬場状態を推し量る上で、ダービー前に行われた芝の2レースは参考になった。
この2レースをそれぞれ勝った馬は、ともにインコースを走り切った馬だった。
勝った馬に騎乗していたのは、それぞれユタカとノリという日本を代表する名手であり、策士だった。
特に、ダービー前の9レースでは、ユタカが巧みにインコースからスルスルと上がっていき見事な伸び脚で差し切っていた。
その一方、外を突いた1番人気レゴラスは届かず3着まで。
「内外の馬場状態の差はない。インコースは伸びる」
衆目の一致する答えが出た。
ユタカとノリが、これを活かさないはずがない。
ダービーでは、両者ともインコースを走り切った。
だが、ダービーを制した者は有利なそのコースを通らなくとも余りある程の力を持っていた。
<1着ディープスカイ>
距離に不安の残るレッツゴーキリシマがレースを引っ張ったことで流れは落ち着いた。
前後半のラップタイムが、73.6-73.1。
後続はこのレッツゴーキリシマからやや離れて馬群を形成していたので、当然、後方に位置した馬はもっと楽な流れ。
昨年同様に、終いの切れ味勝負となった。
これは、切れ味を武器にするディープスカイにとって絶好の展開となった。
前走同様に後方で脚を溜めるようにじっくり追走。
直線では、万全を期して外へ持ち出す余裕。
「直線は内を突きたかったが、詰まりそうだった。手応えに余裕もあったし、外に出そうと思った」と四位がレース後に語ったように、この時点で外に出すことを瞬時に決断。当然、出来ることなら四位も有利な内を突きたかったのだ。それでもパートナーの手応えの良さと前走で再認識した切れ味から不利さえ受けなければ、結果はついてくると確信したように外に持ち出した。
ゴール前では、他の上位馬が揃ってインコースに殺到していたので、四位の冷静な判断は不利を絶対に回避するという点で正しかった。
四位とディープスカイが通ったコースは、ナリタブライアン、ディープインパクトといった圧倒的な強さを誇る馬とほぼ同じだった。
直線の伸び脚は、他馬とは次元が違っていた。
今年のメンバーの中では、能力が抜けていた。
文句なしの強さだった。
見事な強さでダービー馬となり、3歳馬の頂点に立ったディープスカイ。本来なら変則三冠を目指すと声高らかに宣言したいところだろうが、今回はスタミナが要求されるようなレースでなかっただけに、陣営も秋の進路について、ディープスカイの本質的な距離適性を考慮し、名言を避けた。
慎重派の昆師が「古馬との戦い」を示唆したように、秋は菊花賞ではなく、天皇賞を目指して欲しいと思う。
ダービー馬だから有無を言わせず菊花賞を獲りにいかなければならないという時代では既になくなっている。競走馬の本質を見極め、柔軟な判断を期待したい。それがまた競馬をおもしろくする。
<四位の問題発言>
冷静な瞬時の判断で2年連続ダービージョッキーとなった四位。
オークスでの池添の余裕の無い無我夢中の若い騎乗とは、あまりに対照的だった。
まさしくダービージョッキーにふさわしい騎乗だった。
だが、完璧というのはやはり難しいものなのか、最後の最後でミスをしてしまった。
場内での勝利インタビューで「うるせっー!!」とファンを怒鳴りつけたあの失言である。
これをやじられたのだから仕方ないと簡単に片付ける訳にはいかない。
大きな注目を集める日本ダービーである。昨年は皇太子陛下も来場した日本ダービーである。日本中のホースマンが目指す日本ダービーである。
勝者は日本ダービーという重みにふさわしい振る舞いをしなければならない。
いや、四位のとった行動は日本ダービーということを抜きにしてもプロとしては実にお粗末なものだった。
そもそも、競馬場に限らず、何万という大観衆が集まる場所では、いろんなヤジが飛ぶのは仕方のないこと。(ヤジを肯定する訳でないが)
プロスポーツ選手がヤジにいちいち反応していたら、場内はとんでもないことになる。その都度ヤジを咎めたところで、それが解決策になるものでもない。
どんな卑劣なヤジがあろうと、選手は我関せずで聞き流しておけばいいだけの話。
逆に観客の方は、我関せずではいけない。
度が過ぎたヤジや行動には、周りの観客や場内関係者が注意しなければならない。
今回の一件も、状況を確認した取材によると、泥酔した一人のファンが最前列に陣取り、インタビューをさえぎるように“四位コール”を続けていため、我慢しかねた四位があのような発言をしてしまったらしい。
原因は突発的に起こったようではないので、四位に怒らせる前に、近くにいたJRA職員やマスコミ関係者、観客が止めさせるべきだった。
電車の中など公衆の場で犯罪が行われていても、周りは無視を貫くというような事件を耳にすることがあるが、今回の一件も他人に無関心な日本人の体質がよく表れている。
勝負の世界において、短気で得することは何もない、むしろそれは自分を不利な状況に追い込むだけである。
四位は、若い頃から騎乗技術には長けていたが、向こう気が強く、若手騎手への暴力事件を起こしたこともあった。
しかし、近年ではインタビューの受け答えも若い頃の生意気な口調や態度はなくなり、実に丁寧で柔らかい物腰になり、だいぶ大人になったと感じていた。
また、昨年の菊花賞後のテレビのインタビューでも好成績の要因を尋ねられた際に、「レースで馬の気持ちが分かるようになってきたことが大きい。やっと馬と会話できるようになった」と話していたのを見て、四位も本当の意味で一流騎手に近づいてきたと思っていた。四位に限らず、一流騎手が皆口にするそのことは競走馬の力を最大限発揮させることが役目である騎手の本質でもある。競走馬の力を最大限発揮させるには当然のことながら自身の技術も必要。技術の未熟な若い時代には、自分のことだけで精一杯で、レース中に馬の気持ちまで考えて乗る余裕などないのだろう。四位のその言葉は、経験を積み重ねてきたことから生まれた余裕と自身の人間的成長から生まれた余裕の表れでもあった。
そんな四位を私は高く評価していた。
それだけに、今回の発言は残念。
2年連続でダービージョッキーとなった四位には、個性的なバイプレイヤーではなく、日本を代表して、世界に挑戦する騎手になっていってもらいたい。
常に世界を見据えた広い視野があれば、あんなちっぽけなことで、大観衆の前で怒りを叩きつける行為などしないだろう。
自分の心すら上手く御すことのできない騎手は、馬の心を読み、御すことは難しいだろう。
この日の青空のような澄み切った勝利となるところを四位が最後に少し濁らせてしまった。
2着のスマイルジャックは惜しかった。
前走の皐月賞での大敗で、12番人気まで評価を落としていたが、小牧がこれ以上なく上手く乗った。
前2頭から離れた好位3番手で流れに乗り、直線も追い出しをギリギリまで我慢。
この馬の騎乗としては、完璧なものだった。
力は出し切った。
ディープスカイには完全な力負け。
仕方ない。
3着のブラックシェルは、終始インを通り、直線も良く伸びたが、1コーナーでユタカが手綱を大きく引くほどの不利が痛かった。
2番人気マイネルチャールズは、直線で馬場内目をこの馬なりに伸びてはいたが、
4着まで。このメンバーでは切れ味に見劣りする面は否めず、この馬の持ち味である類稀な勝負根性としぶとさを生かすにはもっと前で競馬をした方が良かっただろう。マイネル軍団の悲願であるダービー制覇を目標に、皐月賞では敢えてダービーを想定したレースまでしたが、結局、その辺からこの馬本来の競馬を見失ってしまったような気がする。
4番人気アドマイヤコマンドも終始インを回り、直線の200m手前までは完璧とも言えるレース運びだったが、馬が苦しくなってしまったのか、ラチ沿いまでヨレてしまい、そこから体勢を立て直すロスが痛かった。
それでも2着馬とは大差はなく、キャリアがまだ4戦ということを考えればよくやっている。ほぼ力を出し切った検討と言えよう。キャリア4戦でダービーまで駒を進めたのだから素質はある。まだこれからの馬。秋の飛躍に期待。
さて、今年のダービーで大きな話題を振りまき、3番人気に支持されたサクセスブロッケンは最下位。
初めての芝が、ダービー。
このような結果も予想できたが、短絡的にこれでまったく芝が駄目だとは決め付けられないだろう。
馬がどのレースでも全能力を出し切るという前提があるならば、この結果が全てだろうが、馬は機械ではなく、心がある。
戸惑いもあれば、恐怖心もある。
初めて経験する芝への戸惑い、ペースへの戸惑い、大観衆への恐怖心もあったかもしれない。
いくら圧倒的な強さで勝ち上がってきたとは言え、ダートの裏街道からいきなり初めての芝をダービーで走らせるというのはやはり無理があった。
ダービーまでに一度でも芝を走らせていたら、また結果は違っていたかもしれない。
陣営が戦前に自信を持って言っていたように、馬体や血統背景からは芝でも走れるものはある。
いつか、また芝に挑戦して欲しいと思う気もあるが、そもそもこの馬は脚元の不安を考慮し、ダートを使っていた馬。
最悪の事態を避けるためにも、ダートで結果が出ているのなら、ダート路線を歩んで欲しいと思う。
ダート王者が軽視される時代でもない。
堂々とダート路線を歩んで、王者を目指せばいい。
最終の目黒記念でもラチ沿いを逃げ切ったホクトスルタンをはじめ上位の馬は皆、直線でインコースを通った。
ダービーでもディープスカイを除く上位馬は、全て直線でインコースを選んだ。
この日の最後の芝4レースで外を突いて勝ったのは、ディープスカイだけだった。
そのことが、ディープスカイの抜けた強さを表していたダービーだった。
by masa_ishizawa
| 2008-06-07 23:05
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